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那覇地方裁判所 平成5年(行ウ)10号 判決

那覇市牧志二丁目一一番二号

原告

高良盛介

右訴訟代理人弁護士

上野光典

牧志要

那覇市旭町九番地

被告

那覇税務署長 座間味浩

右指定代理人

細川二朗

林田雅隆

倉本正博

武藤彰

呉屋育子

郷間弘司

荒川政明

古謝泰宏

富村久志

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

高良盛一の昭和五七年分所得税について、被告が平成元年一一月六日になした更正並びに重加算税を賦課する旨の決定(ただし、平成六年二月一五日付けで被告のなした所得税等の更正及び重加算税の変更決定部分を除く。)を取り消す。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二事案の概要

本件は、被告が、亡高良盛一の相続人である原告に対し、平成元年一一年六日、亡盛一の所得税について、法人への遺贈によって発生するみなし譲渡所得が計上されていないことを理由として更正決定をしたところ、原告が右更正決定は更正の要件を欠くとして、処分の取消しを求めるという事案である。

一  争いのない事実等(証拠上明らかに認められる事実も含む。)

1  当事者等

原告は、亡高良盛一(以下「亡盛一」という。)の長男であって、亡盛一の死後、訴外合資会社並里商会(以下「訴外会社」という。)の代表者に就任した者である。

亡盛一は、訴外会社の前代表者であり、昭和五七年七月六日に死亡した者である。

訴外会社は、日用品等の販売及び飲食を業とする合資会社であり、昭和五七年七月六日当時の社員は、無限責任社員が亡盛一及び原告であり、有限責任社員が高良光子、高良盛隆、高良盛勝、高良盛雄、高良盛雅及び高良盛久であった。

亡盛一の相続人は、原告並びに高良盛隆、高良盛勝、高良盛雄、高良盛雅、高良盛久、宮里せつ子、輿儀克子及び岸本富子(原告以外の相続人を総称して、以下「盛隆外七名」という。)の合計九名であり、他に相続人はいない。

2  亡盛一の死亡による相続の発生

亡盛一は、昭和五六年四月一七日、公正証書遺言によって、亡盛一所有の別紙物件目録記載の各土地(以下「本件各土地」という。)を訴外会社に遺贈する旨の意思表示(以下「本件遺贈」という。)及び弁護士大城宏子を遺言執行者に指定する旨の意思表示をした(以下「本件遺言」という。)その後、亡盛一が昭和五七年七月六日に死亡し相続が開始したことから、同年九月二七日、遺言執行者である弁護士大城宏子が相続人全員に対し本件遺言書を公開した。

3  訴外会社、原告及び盛隆外七名の行った確定申告等

亡盛一の相続人の一人である原告は、亡盛一に係る昭和五七年分の所得税について、本件遺言により本件各土地が訴外会社に遺贈されたことに基づき発生する、いわゆる「みなし譲渡所得」(所得税法五九条一項一号)の金額を計上することなしに、相続人の代表として、法定申告期限(昭和五七年一一月六日)後の同月一一日、別表のとおり準確定申告をした(以下「本件準確定申告」という。)。

原告及び盛隆外七名の相続人は、昭和五八年一月五日、本件各土地が未分割の相続財産であるとして他の相続財産と併せて相続税の申告書を期限内に提出した。

訴外会社は、昭和五八年五月三一日、本件各土地が訴外会社に遺贈された場合に発生する受贈益を法人の所得に加算することなく、昭和五七年四月一日から昭和五八年三月三一日までの事業年度(昭和五八年三月期)の法人税の確定申告をした。

4  相続人間での紛争の発生

(一) 訴外会社は、昭和五八年五月三一日、盛隆外七名に対し、別紙物件目録一記載の土地について、本件遺贈を放棄する旨の意思表示をした。そして、訴外会社は、同年六月一日、原告及び盛隆外七名から別紙物件目録一記載の土地を代金一億九八〇〇万円で買い受けた。右土地については、那覇地方法務局昭和五八年六月一三日受付第一八〇八二号をもって、昭和五七年七月六日相続を原因とする原告及び盛隆外七名を共有者とする所有権移転登記がされ、同法務局昭和五八年六月一三日受付第一八〇三号をもって、同月一日売買を原因とする訴外会社に対する所有権移転登記がされた。

(二) 盛隆外七名は、昭和五八年九月二〇日、原告及び訴外会社に対し、本件遺贈によって盛隆外七名の遺留分が侵害されているとして、遺留分減殺の意思表示をした(以下「本件遺留分減殺」という。)。

盛隆外七名は、昭和五九年三月一五日、原告及び訴外会社を相手方とする家事調停の申立て(那覇家庭裁判所昭和五九年(家イ)第一二五号)をして、本件各土地ほかの亡盛一の財産について、盛隆外七名が本件遺留分減殺によって、共有持分を有することの確認を求めた。そして、盛隆外七名は、昭和五九年三月二九日、本件各土地ほかの亡盛一の財産について、原告を相手方とする遺産分割調停の申立て(那覇家庭裁判所昭和五九年(家イ)第一四三号)をした。

(三) 別紙物件目録八ないし一三記載の各土地について、那覇地方法務局昭和五九年六月二六日受付第一九六二二号をもって、本件遺贈を原因とする訴外会社への所有権移転登記がされた。

盛隆外七名は、昭和六〇年七月一三日、原告及び訴外会社を被告とする土地共有持分確認等請求の訴えを提起し(那覇地方裁判所昭和六〇年(ワ)第四一四号)、盛隆外七名が別紙物件目録二ないし二一記載の各土地の共有持分を有することの確認を求めた。

別紙物件目録二ないし七記載の各土地について、那覇地方法務局昭和六三年一月一三日受付第一九六五号をもって、本件遺贈を原因とする訴外会社への所有権移転登記がされた。

盛隆外七名は、昭和六三年六月二八日、前記共有持分確認等訴訟について訴えを変更し、別紙物件目録二ないし一三記載の各土地について訴外会社に対してなされた所有権移転登記について、主位的には、本件遺言の無効を原因とする抹消登記手続等を請求し、予備的には、本件遺留分減殺に基づいて、盛隆外七名が別紙物件目録二ないし二一記載の各土地の共有持分を有することの確認を求めた。

(四) 別紙物件目録一四ないし二一記載の各土地について、那覇地方法務局昭和六三年一一月二二日受付第三二九三一号をもって、昭和五七年七月六日相続を原因とする原告及び盛隆外七名への所有権移転登記がされた。

(五) 共有持分確認等訴訟について、平成三年二月一九日、原告及び盛隆外七名並びに訴外会社との間で、裁判上の和解(以下「本件和解」という。)が成立した。本件和解の和解条項には、本件遺言が有効であることの確認(第一項)、別紙物件目録一記載の土地について、訴外会社が遺贈を放棄し、原告及び盛隆外七名が相続により共有持分権を取得し、これを訴外会社に売り渡したことの確認(第三項)、別紙物件目録二ないし二一記載の各土地について、訴外会社が本件遺贈を原因として所有権を取得したことの確認(第五項)、別紙物件目録一四ないし二一記載の各土地について、本件遺留分減殺請求を原因として、盛隆外七名が各自八分の一の共有持分を取得したことの確認(第六項1)、別紙物件目録一四ないし二一記載の各土地についての原告に対する持分九分の一の所有権移転登記を錯誤を原因として抹消し、盛隆外七名の共有持分を各八分の一と更正する登記手続に原告が協力すること(第六項2)、訴外会社が、盛隆外七名に対し、遺留分減殺に代わる価額弁償として、合計一五億円の支払義務があることを認め、これを分割して支払うこと(第七項)等が記載されている。

5  本件訴えの対象となる課税処分

(一) 被告は、平成元年一一月六日、亡盛一の所得税について、亡盛一には、本件遺贈により、別紙物件目録二ないし二一記載の各土地の価額相当額の「みなし譲渡所得」(以下「本件みなし譲渡所得」という。)が発生するとし、かつ、本件みなし譲渡所得の発生について、当初の準確定申告書に記載がなかったのは、原告の判断に基づくものであって、国税通則法六八条一項所定の事由が存するとして、亡盛一の相続人である原告において、別表のとおり更正及び重加算税賦課決定(以下「本件更正決定」という。)をした。

原告は、平成元年一二月一日、本件更正決定に対する異議を申し立てたところ、被告は、平成二年三月七日、右異議申立てをいずれも棄却する旨決定し(以下「本件異議決定」という。)、その旨通知した。

原告は、平成二年四月九日、本件異議決定に対し審査請求を申し立てたところ、国税不服審判所長は、平成五年三月三一日、右の審査請求を棄却する旨裁決し(以下「本件裁決」という。)、その旨通知した。

原告は、平成五年六月二三日、那覇地方裁判所に対し、被告に対する本件訴えを提起し、本件更正決定の取消しを求めた。

(二) 被告は、本件和解が成立した平成三年二月一九日から三年以内である平成六年二月一五日、亡盛一の所得税について、別紙物件目録一四ないし二一記載の各土地は、右和解により、盛隆外七名に現物返還することが確定したことに伴い、右土地部分の本件みなし譲渡所得はなかったものとなるとして、国税通則法七一条二号に基づき、職権による減額更正(以下「本件減額更正決定」という。)をした。

6  本件訴えに関連する課税処分

(一) 訴外会社に係る法人税

被告は、平成元年七月六日、訴外会社に対し、昭和五八年三月期及び昭和五九年三月期ないし昭和六三年三月期の法人税には、本件各土地について、本件遺贈に基づく受贈益及び地代収入が昭和五八年三月期に発生しているので、その計上もれが存在し、かつ、国税通則法六八条一項所定の事由が認められるとして、昭和五八年三月期の法人税について、更正及び重加算税の賦課決定をした。なお、昭和五九年三月期ないし昭和六三年三月期の法人税についても計上もれが存在することになるとして、それぞれ更正した。

訴外会社は、平成元年七月一四日、右更正決定に対し異議を申し立てたところ、被告は、平成二年一月二三日、別紙物件目録一記載の土地については、遺贈の放棄がされたので、受贈益及び地代収入の発生も存しないほか、右土地についての国定資産税額を経費と認めた点についても原処分には誤りがあると認め、右更正決定の一部を取り消し、その余については異議を棄却する旨の決定をした。

国税不服審判所長は、平成二年二月一七日、訴外会社から右異議決定に対する審査請求がされたので、平成五年三月三一日、右審査請求には一部理由があると認め、計算誤りの認められる二二九万八七〇〇円については、取り消すのが相当であるとして、本税の額二二九万八七〇〇円を取り消し、その余については審査請求を棄却する旨裁決し、その旨通知した。

訴外会社は、平成五年六月二三日、那覇地方裁判所に対し、右更正決定の取消しを求める訴を提起した(那覇地方裁判所平成五年(行ウ)第一一号)。

(二) 訴外会社に係る法人税についての更正請求

訴外会社は、平成三年六月二七日、本件和解に基づき、盛隆外七名に現物返還した別紙物件目録一四ないし二一記載の各土地に係る受贈益部分及び価額弁償金一五億円を支払うことが確定した別紙物件目録二ないし一三に係る受贈益部分等については、昭和五八年三月期事業年度の損金に算入すべきであるとする旨の更正の請求書を被告宛て提出した。

被告は、平成三年九月三〇日、訴外会社の更正の請求に対して、右更正の請求は、その請求期限である二か月を経過しているから認められないとして、更正の請求に理由がない旨の通知をした。なお、右の通知に対して異議申立てはされなかった。

(三) 亡盛一死亡に係る相続税

原告は、平成三年六月二七日、被告に対し、亡盛一死亡に係る相続税について、本件和解によって、原告の相続分が減少したから、その分は減額すべきであるとして、更正を請求した。

被告は、平成五年一二月一四日、原告に対し、右相続税について更正をすべき理由がない旨通知した。原告は、平成六年一月一二日、右通知に対し異議を申し立てたところ、被告は、同年二月一〇日、右の異議申立てを棄却する旨決定し、その旨通知した。

原告は、右異議決定を不服として、平成六年三月七日に国税不服審判所長に対して審査請求をしたが、同審判所長において審理中で、裁決がされるには至っていない。

被告は、本件和解が成立した平成三年二月一九日から三年以内である平成六年二月一五日、本件相続税について、亡盛一の所得税のみなし譲渡に係る本税額の債務控除加算もれがあったと認め、債務控除額(当初申告額一二五万〇三九〇円)が、四三二四万五三九〇円、課税価額(当初申告額三億二九五四万一〇〇〇円)が、二億八七五四万六〇〇〇円、相続税の総額(当初申告額六億一八六八万一六〇〇円)が、五億九三四八万五一〇〇円、並びに納付すべき税額(当初申告額一億四七八七万一三〇〇円)が、一億二三七六万一八〇〇円、減少する相続税の本税の額が、二四一〇万九五〇〇円であると判断し、国税通則法七一条二号に基づき、職権による減額更正をした。なお、右の亡盛一の所得税のみなし譲渡に係る本税額の債務控除加算もれ分は、本件減額更正決定で減額された後の金額である。右は、被相続人である亡盛一の債務であり、かつ、相続税法一三条二項所定の「その財産に係る公租公課」に該当するものである。

二  原告の主張

1  「偽りその他不正の行為」の不存在

(一) 原告が本件準確定申告を行った理由

本件更正処分は、本件準確定申告に対してなされるものであるから、申告前の行為は相当範囲「偽りその他不正の行為」を判断するにあたり斟酌されることは当然であろうが、申告後の行為、言動については事情及び背景が申告時と相当変化した場合等には斟酌するのは不合理である。基本的には申告時までの行為、言動等を十分斟酌し、その後の言動等は申告時の事実を推認する間接的な事情と考えるのが相当である。

そこで、本件について考えるに、原告は本件各土地が訴外会社に遺贈されていたが、盛隆外七名の相続額や遺留分を侵害するので、訴外会社が本件遺贈を受けないで一応遺贈を放棄し、原告及び盛隆外七名の間でその後の話し合いを行うことに承諾していたのである。訴外会社が本件遺贈を放棄することは田本税理士からアドバイスを受けたことでもあったので、原告としても盛隆外七名同様に、一応訴外会社が遺贈を放棄することを承諾していたものである。ただ、明確に訴外会社が遺贈を放棄していたのではないが、原告及び盛隆外七名の間では遺贈の放棄を前提で、その後の相続の話し合いが行われていたのである。

しかし、確定申告日までに共同相続人間の話し合いが合意に達しなかったし、その期間も短かったので、原告及び盛隆外七名は本件各土地を未分割の共有相続財産として準確定申告したのである。

(二) 原告が本件遺言書を隠匿しなかったこと

遺贈がなされたからといって当然に相続開始時に遺贈された物件の所有権が確定的に受遺者に帰属するわけではない。したがって、訴外会社及び原告は相続開始時から本件遺言書に基づいて本件各土地の所有権を訴外会社が確定的に取得したと思っていなかったし、基本的には本件遺贈を放棄すると考えていたのであるから、本件遺言書をことさら被告に隠匿するなど考えてもいなかった。

(三) みなし譲渡所得申告の困難性

盛隆外七名が遺留分減殺請求権を行使したのは、昭和五八年九月二〇日であるから、別紙物件目録二ないし二一記載の各土地についてどの部分かは正確には不明であるが、訴外会社が遺贈を受けた本件各土地の一部が遺留分減殺請求権者に帰属しているのである。原告としては、どの程度のみなし譲渡所得を申告しなければならないかは裁判の推移を見た上でなければ確定できないので、本件和解以前にみなし譲渡所得を申告することは不可能であった。

(四) 別紙物件目録二ないし一三記載の各土地についてのみなし譲渡所得申告訴外会社は当初から本件各土地について本件遺贈を放棄することで相続人らと話し合っていたので、たとえ本件遺言書が存在し、訴外会社に遺贈がなされていたとしても、被告の主張するような虚偽の申告行為を行ったことにはならない。ただ、別紙物件目録二ないし一三記載の各土地を本件遺言書で名義変更した時にはその旨を被告へ通知することが必要であったと思われるが、訴外会社としては本件更正決定前にその旨を訴外会社の顧問税理士より事情説明し、修正申告する旨申し出をしているので、そのことのみで「偽りその他不正の行為」になるとはいえない。

さらに訴外会社、原告及び盛隆外七名は本件相続に関して、昭和五八年九月ころから遺留分減殺請求や共有持分の確認等の法律上の手続を開始し、本件和解が成立するまで、長期にわたり争っていたものである。このような背景から訴外会社が独自の判断で本件各土地の所有権の確定的な帰属を前提とする申告をすることができなかったことは仕方のないことであって、これを「偽りその他不正の行為」として違法なものと評価することはあまりにも不当である。

(五) したがって、訴外会社及び原告の言動や行為について「偽りその他不正の行為」に該当するようなものはない。

2  重加算税

重加算税の賦課要件である「仮装、隠ぺい行為」は、文言の意味や立法趣旨から判断して、「偽りその他不正の行為」のなかで程度の高い悪性(積極的な行為)のある行為であり、「偽りその他不正の行為」の範疇に含まれるものと解される。既に述べたとおり訴外会社には「偽りその他不正の行為」が認められないので、「仮装、隠ぺい行為」も当然に認められない。

3  よって、原告は、被告に対し、本件更正決定(本件減額更正決定によって減額された部分を除く。)の取消しを求める

三  被告の主張

1  亡盛一のみなし譲渡所得の発生

(一) みなし譲渡所得の申告時期

所得税法五九条一項一号によれば、法人税に対する特定遺贈により居住者の有する譲渡所得の基因となる資産の移転があった場合には、その者の譲渡所得の金額の計算については、その事由が生じた時に、その時における価額に相当する金額により、これらの資産があったものとみなされている。

一般に所得税法は、所得を構成する収入の帰属年度を決定する基準に関する立法主義として、現金による収入があった時を基準とする現金収入主義ではなく、現金の収入がなくても所得が発生した時を基準とする発生主義を採用し、しかも権利確定主義を原則としている。所得税法三六条一項にいう「収入すべき金額」とは、収入すべき権利の確定した金額をいうのである(最高裁判所昭和四〇年九月八日第二小法廷決定・刑集一九巻六号六三〇頁)。

そうすると、所得税法五九条一項一号によるみなし譲渡所得の発生時期についても、収入すべき権利の確定した時期によるべきものである。

(二) 遺言の効力発生時期

遺言は、遺言者の死亡の時からその効力を生じるのであり(民法九八五条一項)、遺言者が死亡した場合には、その受遺者が当該遺贈者の死亡及び遺贈の事実を知ると否とに関わらず、受遺者がその遺贈を放棄する場合を除き、当然に死亡の時からその効力が生じるものである。そして、特定物又は特定の権利が遺贈されるときは、大審院以来の確定した判例や多数説によれば、原則として、当然に物権的に権利が受遺者に移転すると解されている。

したがって、本件各土地は被相続人の死亡時(昭和五七年七月六日)に訴外会社が遺贈により取得し、それと同時に「みなし譲渡所得」が確定したと解するのが相当である。そして、本件更正決定の時点においては、別紙物件目録一記載の土地について、既に訴外会社が遺贈を放棄している事実が認められたため、本件更正決定の際には、その部分を除いて「みなし譲渡所得」の計算を行ったものである。

なお、本件更正決定に係る税額は、亡盛一が既に死亡していることから、その税額を民法九〇〇条(法定相続分)の規定により九分の一に案分計算し、所得税法一二九条(死亡の場合の確定申告による納付)及び国税通則法五条(相続による国税の納付義務の承継)の規定により、相続人の一人である原告に納付する義務があるとして、原告に対して、本件更正決定通知と同時に別表「更正決定」欄右側記載のとおり通知したものである。

また、盛隆外七名から提起されていた遺言無効及び遺留分減殺請求に基づく訴え(那覇地方裁判所昭和六〇年(ワ)第四一四号)は、平成三年二月一九日に本件和解が成立し、本件遺言書は有効であることが確認されて、その和解条項に従って、別紙物件目録一四ないし二一記載の各土地については、盛隆外七名の所有になったものである。したがって、原告には、本件和解によりその部分の「みなし譲渡所得」が無くなったとして、所得税法一五二条(各種所得の金額に異動を生じた場合の更正の請求の特例)の規定に基づく更正の請求をすることができたものであるが、原告は、この適法な救済措置を放棄したものである。

(三) 本件和解の解釈

遺留分権利者は、遺留分を保全するに必要な限度で遺贈の減殺を請求することができるとされ(民法一〇三一条)、特定遺贈に対して遺留分権利者が減殺請求権を行使した場合、遺贈は遺留分を侵害する限度において失効し、受遺者が取得した権利は遺留分を侵害する限度で、当然に減殺請求をした遺留分権利者に帰属する(最高裁昭和五一年八月三〇日第二小法廷判決・民集三〇巻七号七六八頁)。また、遺留分減殺請求権の行使により遺留分権利者に帰属する権利は、遺産分割の対象財産としての性質を有しない(最高裁平成八年一月二六日第二小法廷判決・民集五〇巻一号一三二頁)。

そうすると、本件和解条項は、遺産分割の合意とは、その本質を異にするものである。そして、本件和解条項は、その条項の文言から明らかなとおり、訴外会社による本件遺贈の承認又は放棄について合意されたものでもなく、本件遺贈が有効なものであることを前提にして、本件遺留分減殺による現物返還の範囲と一部現物返還の義務を免れるための価額の弁償について、合意されたものである。すなわち、別紙物件目録一四ないし二一記載の各土地が盛隆外七名の共有に帰属すると争いなく確定したのは、本件遺贈が有効に成立していたことと、本件遺留分減殺がされたことを前提にして、本件和解により現物返還の合意がされたことに基づくものであるし、別紙物件目録二ないし一三記載の各土地が遺留分権利者である盛隆外七名に返還されないことが争いなく確定したのも、本件和解により、現物返還の範囲と価額の弁償について合意されたからにほかならない。

なお、別紙物件目録一記載の土地が訴外会社の所有に帰属したのは、訴外会社が本件遺贈を放棄した上、原告及び盛隆外七名との間で売買契約を締結した結果である。

(四) したがって、被告は、本件遺言書によって、訴外会社が亡盛一死亡の時点で別紙物件目録二ないし二一記載の各土地を遺贈により取得し、それと当時に「みなし譲渡所得」が亡盛一に発生したことから本件課税処分を行ったものである。

なお、被告は、本件和解が成立した平成三年二月一九日から三年以内である平成六年二月一五日、亡盛一の所得税について、別紙物件目録一四ないし二一記載の各土地は、右和解により、盛隆外七名に現物返還することが確定したことに伴い、右土地部分の本件みなし譲渡所得はなかったものとなるとして、国税通則法七一条二号に基づき、職権により本件減額更正決定をした。

2  「偽りその他不正の行為」の存在

(一) 「偽りその他不正の行為」の意義

国税通則法七〇条五項の「偽りその他不正の行為により」とは、法定申告期限前において、(1)納税者が虚偽の申告書を提出し、その正当に納付すべき国税の納付義務を過少ならしめてその不足税額を免れたとき、及び(2)納税者が名義の仮装、二重帳簿の作成等の積極的な行為をなし、法定申告期限までに申告納税せず正当に納付すべき税額を免れたとき、並びに法定申告期限が経過したときにおいては単純無申告の状態にあった納税者がその法定申告期限後において、(3)虚偽の申告をし、その正当に納付すべき税金の納付義務を過少ならしめてその不足税額を免れたとき、(4)税務官庁の決定に対する異議申立て又は審査請求をするに当たり、虚偽の事実を主張してその主張するところにより正当な国税の納付義務を過少ならしめたとき、(5)税務職員の調査上の質問又は検査に際し虚偽の陳述をしたり、申告期限後に作為した虚偽の事実を呈示したりした場合において、その陳述し主張するところにより正当な国税の納付を過少ならしめた時等が、これにあたると解されている。

「偽りその他不正の行為」について、最高裁判所昭和五二年一月二五日第三小法廷判決(訟務月報二三巻三号五六三頁)は、「偽りその他不正の行為とは、税額を免れる意図のもとに、税の賦課徴収を不能もしくは著しく困難にするような何らかの偽計その他の工作を伴う不正な行為を行っていることをいうものであって、単なる不申告行為はこれに含まれないものである。そして偽計その他の工作を行うとは、名義の仮装、二重帳簿を作成する等して、法定の申告期限内に申告せず、税務職員の調査上の質問に対し虚偽の陳述をしたり、申告期限後に作出した虚偽の事実を呈示したりして、正当に納付すべき税額を過少にして、その差額を免れたことは勿論納税者が真実の所得を秘匿し、それが課税対象となることを回避するため、所得の金額をことさら過少に申告した内容虚偽の確定申告書を提出し、正当な納税義務を過少にしてその不足税額を免れる行為、いわゆる過少申告行為もそれ自体単なる不申告の不作為にとどまるものではなく、偽りの工作的不正行為といえるから、右にいう「偽りその他不正の行為」に該当するものと解すべきである。」と判示した原審の判断を正当として是認することができるとしている。

(二) 本件における「偽りその他不正の行為」

(1)本件各土地は全部訴外会社に遺贈するという内容の本件遺言書が存在する。(2)亡盛一の長男であり、訴外会社の代表者でもある原告は、相続税の申告当時、本件各土地が訴外会社に遺贈されていることを了知していた。(3)原告及び盛隆外七名は、昭和五七年一〇月ころ、亡盛一に係る相続税の申告書の作成を行った田本税理士から、本件遺言書どおり遺言を実行すれば、訴外会社への遺贈に基づく法人の受贈益の計上及び亡盛一のみなし譲渡の申告を行うべきである旨、また、訴外会社が遺贈を放棄して全相続人が未分割で申告すれば、本件遺言書どおり申告するのに比して三億二〇〇〇万円程度の節税になる旨の説明を受けており、いかなる申告形態を採用するかによって、本件各土地に対する課税額に違いが出ることを十分認識していた。(4)別紙物件目録一記載の土地以外の本件各土地については、遺贈の放棄がなされていない。付言すれば、訴外会社の代表者である原告は、本件所得税の準確定申告の際に、訴外会社が受けた本件遺贈の放棄をする意思を有していなかったのに、その後に所有権移転登記をするなど、自ら本件遺贈を承認する行動に出ていたのであって、本件各土地が未分割の相続財産であるかのように仮装していたものといわざるを得ない。これに反し、訴外会社は本件遺贈を放棄することを前提にしていたなどという原告の主張は採用できない。

したがって、遺贈の放棄が申告時になされていない以上、亡盛一の準確定申告においては、本件各土地に係るみなし譲渡所得の申告が必要であり、訴外会社の確定申告においても受贈益の申告が必要なことは明らかであった。それにもかかわらず、原告が、本件各土地が未分割であるとする相続税の申告を行うとともに、亡盛一の準確定申告においてみなし譲渡所得を申告せず、訴外会社においても遺贈による受贈益を申告しなかったことは、「所得金額をことさら過少に申告した内容虚偽の申告行為」であって、単なる所得計算の違算や忘失というものではなく、原告が正当な税額の納付を回避する意図を基になした過少申告行為と認めるのが相当であり、右過少申告によりみなし譲渡所得税を過少にして、その不足額を納付しなかったことは国税通則法七〇条五項の「偽りその他不正の行為により税額を免れた」ことに該当するというべきである。また、原告は、訴外会社の法人税に係る調査の際に、本件遺言書の存在を意図的に明らかにせずに隠ぺいし、これにより正当に納付すべき本件所得税を過少に確定させたといえる。

(三) したがって、本件更正決定の除斥期間は、同項により七年ということができるので、右期間内になした本件更正決定は適法である。

3  重加算税

(一) 「隠ぺい、仮装行為」の意義

国税通則法六八条一項一号の「事実の隠ぺい」は、二重帳簿の作成、売上除外、架空仕入若しくは架空経費の計上、たな卸資産の一部除外等によるものをその典型的なものとする。また、「事実の仮装」は、取引上の他人名義の使用、虚偽答弁等をその典型的なものとする。いずれも、行為が、客観的にみて隠ぺい又は仮装と判断されるものであれば足り、納税者の故意の立証まで要求しているものではない。

(二) 本件における「隠ぺい、仮装行為」

(1) 最高裁判所昭和六二年五月八日第二小法廷判決(裁判集民事一五一号三五頁)は、「国税通則法六八条に規定する重加算税は、同法六五条ないし六七条に規定する各種の加算税を課すべき納税義務違反が事実の隠ぺい又は仮装という不正な方法に基づいて行われた場合に、違反者に対して課される行政上の措置であり、故意に納税義務違反を犯したことに対する制裁ではないから、同法六八条一項による重加算税を課し得るためには、納税者が故意に課税標準等又は税額等の計算の基礎となる事実の全部又は一部を隠ぺいし、又は仮装し、その隠ぺい、仮装行為を原因として過少申告の結果が発生したものであれば足り、それ以上に、申告に際し、納税者において過少申告を行うことの認識を有していることまでを必要とするものではないと解するのが相当である。」と判示している。

仮装、隠ぺいの要件は、納税義務違反が課税要件事実の隠ぺい、仮装によって行われた場合には、結果として過少申告等の事実があれば足りると解されるところ、本件においては、原告が課税要件事実である遺言公正証書を隠ぺいし、本件各土地があたかも未分割財産であるかのごとく仮装し、それがみなし譲渡所得として所得税の対象となることを回避したことは明らかであり、結果として過少申告となっているものである。

したがって、本件における原告の行為は、国税通則法六八条一項一号に規定する課税標準等の計算の基礎となるべき事実の全部又は一部を隠ぺいし、仮装した行為に該当し、重加算税の対象となるものであって、本件重加算税の賦課決定処分は適法である。

(2) 最高裁判所昭和五二年一月二五日第三小法廷判決(訟務月報二三巻三号五六三頁)の原審である福岡高等裁判所昭和五一年六月三〇日判決(行裁集二七巻六号九七五頁)は、「真実の所得を秘匿し、それが課税の対象となることを回避するため、所得の金額をことさらに過少にした内容虚偽の確定申告書を提出し、正当な納税義務を過少にして、その不足税額を免れる偽りの不正行為、いわゆる過少申告をなしたもの」については、「国税通則法六八条一項の、国税である所得税の税額計算の基礎となる所得の存在を一部隠ぺいし、その隠ぺいしたところに基づき納税申告書を提出したことに該当」し、「本件重加算税の賦課決定をなしたことは適法で」あると判示している。

本件についてこれをみると、遺贈の放棄が申告時になされていない以上、原告は、亡盛一に係る準確定申告においては、みなし譲渡所得の申告が必要であるにもかかわらず、本件各土地が未分割の相続財産であるとする相続税の申告を行うとともに、準確定申告においてみなし譲渡所得を申告せず、所得金額をことさら過少に申告した内容虚偽の申告をしたのであって、本件における原告の行為は、国税通則法六八条一項一号に規定する課税標準等の計算の基礎となるべき事実の全部又は一部を隠ぺいし仮装した行為に該当し、重加算税の対象となるものである。

(3) 最高裁判所平成六年一一月二二日第三小法廷判決(民集四八巻七号一三七九頁)は、「真実の所得金額よりも少ない所得金額を記載した確定申告書であることを認識しながらこれを提出したというにとどまらず、(中略)真実の所得の調査解明に困難が伴う状況を利用し、真実の所得金額を隠ぺいしようという確定的な意図の下に、必要に応じ事後的にも隠ぺいのための具体的な工作を行うことを予定しつつ、正確な所得金額を把握し得る会計帳簿類から明らかに算出し得る所得金額の大部分を脱漏し、所得金額を殊更過少に記載した内容虚偽の確定申告書を提出したことが明らかである。」と判示して、いわゆるつまみ申告に対する重加算税の賦課を認めている。

そして、最高裁判所平成七年四月二八日第二小法廷判決(民集四九巻四号一一九三頁)は、「納税者が、当初から所得を過少に申告することを意図し、その意図を外部からうかがい得る特段の行動をした上、その意図に基づく過少申告をしたような場合」には、重加算税の賦課要件が満たされたものと解すべきであると判示する。

これを本件についてみると、原告は、本件所得税の準確定申告をするに当たり、本件遺贈が放棄されない限り、みなし譲渡所得を申告すべきであることを十分認識していたのに、田本税理士に対し、訴外会社の代表者として本件遺贈を受けない旨を述べて、同税理士をしてみなし譲渡所得を除外した過少な申告書を作成させ、これを被告に提出したのである。

これに加えて、原告が本件所得税の準確定申告をした後も、本件遺贈を承認する行動に出ており、本件各土地が未分割の相続財産であるかのように仮装していたこと、訴外会社への法人税に係る調査の際に、調査担当職員に対し、本件遺言書の存在等本件遺贈に関する事実を意図的に明らかにせず、これを隠ぺいしていたことをも併せ考えると、原告が、当初から所得を過少に申告する意図を有し、その意図に基づき本件の過少申告を行ったことは明白である。

そうすると、原告は、当初から所得を過少に申告することを意図した上、その意図を外部からもうかがい得る特段の行動をしたものであるから、その意図に基づいて原告がなした過少申告行為は、国税通則法六八条一項所定の重加算税の賦課要件を満たすものというべきである。

(三) したがって、本件重加算税の賦課決定処分は適法である。

四  争点

1  亡盛一の昭和五七年分所得におけるみなし譲渡所得発生の有無

2  「偽りその他不正の行為」の有無

3  「隠ぺい、仮装行為」の有無

第三争点に対する判断

一  遺贈と受贈益の発生の有無

原告は、遺贈については、受遺者に承認及び放棄の選択権がいつまでも与えられており、受遺者が遺贈を放棄すれば、その効力は、相続開始時に遡るのであるから、相続が開始したからといって、遺贈された特定の物件の所有権が確定的に受遺者に帰属すると考えることはできず、特に、本件のように遺贈の効力について相続人間で争いのあるような場合には、受遺者が遺贈の承認の意思表示をすることは困難であり、訴外会社が承認も放棄もしていない未確定の状態においては、みなし譲渡所得は生じていない旨の主張をする。

しかし、遺贈の効力は、受遺者の意思とは無関係に遺贈者の死亡によって当然にその効力が生じ、遺贈のなされた特定の物件の所有権は直接受遺者に移転すると解すべきものであるから、亡盛一が死亡した時点で亡盛一にみなし譲渡所得が発生したものと解すべきである。また、この理は、盛隆外七名が本件遺贈の効力について争っている場合においても異なるものではない。

ただし、受遺者である訴外会社が、本件遺贈の一部又は全部を放棄すれば、遺贈の放棄は、相続開始時に遡って効力を生じ、遺贈対象物件は、遺言に特段の定めのない限り、相続人に帰属することとなる。

二  訴外会社による本件遺贈の放棄の有無

1  甲第二一号証、第二二号証及び乙第一一号証によれば、以下の事実が認められる。

本件遺言書が、昭和五七年九月二七日、原告及び盛隆外七名に公開されると、相続人らの間で自己の相続財産に対する権利関係や相続税負担を巡る問題が生じた。そこで、相続人らが相続税の申告等の手続を田村千恵子税理士に委任し、田村税理士は、田本信勇税理士と共同で受任して適宜相談しながら申告事務を遂行することにした。

田本税理士は、同年一〇月ころ、相続人全員を集めて本件相続に係る課税についての計算書を配布し、課税関係を説明した。田本税理士の説明によれば、各相続人の相続分や遺留分侵害という問題もあるが、それ以上に、本件遺贈をそのまま訴外会社が受けると相続人全員に亡盛一のみなし譲渡所得について所得税がかかり、訴外会社には受贈益による法人税がかかるので、このような加重な税負担は避ける必要があるとのことだった。相続人らがどのようにしたら右の二重課税を回避できるか質問したところ、田本税理士は、訴外会社が遺贈を放棄して相続人全員で本件各土地を相続し、後に本件各土地を訴外会社に譲渡し、その代金で各相続人が相続税を支払えばよいと助言した。

2  原告は、前記1認定の田本税理士の説明を受けて、訴外会社及び相続人間で、訴外会社が本件各土地の遺贈を放棄し、全相続人が本件各土地を相続することで全員が合意した旨主張し、甲第二一号証、第二二号証及び乙第一一号証にはこれに沿う記載がある。

この点、甲第二三号証及び乙第二一号証によれば、田本税理士は、田本税理士の提案を相続人全員が了解したものと受け取り、訴外会社の代表者である原告が提案を了解していたので、訴外会社が遺贈を放棄したものと理解したことが認められる。

しかし、乙第五号証によれば、田村税理士は、訴外会社が遺贈を放棄するのか否かを相談する時間がなかったので、申告期間内に間に合わせるためにとりあえず未分割で申告したこと、未分割で申告したのは訴外会社が放棄したということではないこと、訴外会社が遺贈を放棄したのは別紙物件目録一記載の土地のみであると理解していたことが認められ、甲第二六号証によれば、訴外会社が遺贈を放棄することに決まったわけではなく、相続人間で相談することになったにすぎないことが認められる。なお、甲第一九及び第二〇号証の内、本件遺言書は相続人らの遺留分を侵害し、また、その有効性についても疑問が呈されていたので、訴外会社が遺贈を放棄することについて、訴外会社、相続人間で異論はなかった旨の供述部分は、右認定事実に照らし、採用できない。

結局、右認定事実を併せ考えると、訴外会社が遺贈をすべて放棄した旨の甲第二一号証、第二二号証及び乙第一一号証における前記記載等は容易に採用できず、他に訴外会社が本件準確定申告以前に本件遺贈をすべて放棄したことを推認するに足りる証拠はない。

3  甲第一九ないし第二二号証、乙第二及び第一一号証によれば、以下の事実を認めることができる。

訴外会社は、相続人間での紛争がまだ本格化していなかった昭和五八年五月ころ、別紙物件目録一記載の土地について、遺贈を放棄した(当事者間に争いがない。)。そして、「今般弊社は左記物件(別紙物件目録一記載の土地)のみの遺贈を受遺しないことにしましたので証明します。」という証明書を作成し、それを資料として那覇地方法務局昭和五八年六月一三日受付第一八〇八二号をもって原告及び盛隆外七名に対する昭和五七年七月六日相続を原因とする所有権移転登記を行い(当事者間に争いがない。)、訴外会社が右土地を購入して相続税の支払のための資金を捻出しようとした。しかし、被告が右土地に税金支払のために抵当権を設定するよう要求したので、訴外会社はやむなく右土地に原告を債務者、大蔵省を債権者として相続税及び利子税のための抵当権を設定した。そのため、右土地に抵当権を設定して銀行から金員を借り入れることができなくなり、訴外会社は別の方法で資金を捻出することを余儀なくされた。

その後、訴外会社は、別紙物件目録八ないし一三記載の各土地について昭和五九年六月二六日に、別紙物件目録二ないし七記載の各土地について昭和六三年一月一三日にそれぞれ遺贈を原因として訴外会社に所有権移転登記をし(当事者間に争いがない。)、訴外会社が、右各土地を担保に銀行から相続税支払資金を借り入れたのであって、別紙物件目録二ないし一三記載の各土地について、訴外会社が本件遺贈を放棄したものとは認められない。

三  亡盛一の昭和五七年分所得におけるみなし譲渡所得発生の有無

1  別紙物件目録一及び一四ないし二一記載の土地

本件更正決定及び本件減額更正決定において、亡盛一の昭和五七年分所得におけるみなし譲渡所得が発生していないことを前提とした課税処分が既になされている。

2  別紙物件目録物件目録二ないし一三記載の各土地

別紙物件目録物件目録八ないし一三記載の各土地について、那覇地方法務局昭和五九年六月二六日受付第一九六二二号をもって、本件遺贈を原因とする訴外会社への所有権移転登記がされたこと、別紙物件目録物件目録二ないし七記載の各土地について、那覇地方法務局昭和六三年一月一三日受付第一九六五号をもって、本件遺贈を原因とする訴外会社への所有権移転登記がされたことについて、当事者間に争いがない。

右移転登記について、原告は、相続税支払資金を捻出するためにやむなく訴外会社に移転登記し、右各土地を担保に銀行から金銭を借り入れた旨説明する。しかし、訴外会社が遺贈を原因とする移転登記を申請したこと、右移転登記の後にされた本件和解において本件遺言による遺贈を原因として訴外会社が右各土地の所有権を取得したことが確認されたこと、その他右各土地を目的とする遺贈の効力を否定すべき事情が認められないことからすると、訴外会社が、亡盛一死亡時に遺贈を受け、右各土地について昭和五八年三月期に受贈益が発生するとともに、亡盛一にみなし譲渡所得が発生したものというべきである。訴外会社が移転登記を受けた理由として原告が説明する背景があったとしても、右結論が左右されるものではない。

四  みなし譲渡所得の申告時期

前記一で説示したとおり、遺贈の効力は、受遺者の意思とは無関係に遺贈者の死亡によって当然に効力が生じる(民法第九八五条一項)のであるから、訴外会社が本件遺贈の放棄をしない限り、亡盛一が死亡した時点で訴外会社に受贈益が発生するとともに、亡盛一にみなし譲渡所得が発生したものというべきである。そして、原告が代表者を務める訴外会社が本件遺贈が無効であるとの盛隆外七名の主張を争っており、遺贈の放棄もしていなかったことからすると、原告及び訴外会社は本件遺贈を有効なものと考えていたことが窺え、したがって遺贈に基づいて発生したみなし譲渡所得を被相続人の死亡した年の所得として申告する必要がある。仮に、訴外会社が遺贈を放棄する方針であったとしても、遺贈の放棄がされなかった場合には被相続人の死亡した年のみなし譲渡所得として申告すべきであり、原告の主張は独自の見解であって、採用できない。

五  「偽りその他不正の行為」の有無

前記三で述べたとおり、亡盛一には本件遺贈によりみなし譲渡所得が発生した。そこで、みなし譲渡所得の発生の原因となった遺言書の効力等が係争中であって、受遺者が遺贈を受けるか否か態度を保留している場合に、未分割の相続財産の形で申告することが国税通則法七〇条五項の「偽りその他不正の行為」の要件に該当するか否かが問題となる。

この点、原告は、訴外会社が遺贈を放棄する方針は当初から一貫していた旨主張する。しかし、前記二で述べたとおり、本件準確定申告までに別紙物件目録二ないし一三記載の各土地について訴外会社が遺贈の放棄をしたとは認め難く、かえって本件準確定申告後には、訴外会社の代表者である原告が、本件遺言書を使用して訴外会社への所有権移転登記を行ったり、訴訟において別紙物件目録二ないし二一記載の各土地については遺贈を放棄していないことを自ら立証しようとしたりする(乙第一号証)等、遺贈の無効又は放棄と矛盾する行動をとっている。よって、訴外会社の遺贈を放棄する方針は当初から一貫していた旨の主張は採用できない。さらに、原告は、相続開始直後に、税理士から、本件遺言書に従った申告をした場合に、法人税と所得税の双方が課税されること、本件遺言書に従った申告をした場合の納税額と法定相続分に従った申告をした場合の納税額とを具体的に説明されている。

これらの点を併せ考えると、訴外会社の代表者である原告は、本件遺言書に基づく申告を行った場合には訴外会社に対する法人税と亡盛一に対するみなし譲渡課税が課されることを十分理解していたところ、訴外会社が本件遺贈を承認するか放棄するか態度を保留したままで(このような場合、亡盛一について遺贈によるみなし譲渡所得が発生したものとして申告すべきことは前記四で述べたとおりである。)、訴外会社の法人税申告に際し、本件遺言書に基づかない内容虚偽の計算書類及び確定申告書を提出し、受贈益として発生した本件所得を計上せずに申告するとともに、亡盛一のみなし譲渡所得についても、訴外会社の法人税申告と呼応して、みなし譲渡所得として発生した本件所得を計上せずに申告した。このことは、単なる所得計算の違算や亡失というものではなく、正当な税額(本件の場合、訴外会社が遺贈を放棄していないのであるから、みなし譲渡所得を所得に計上して算出された額である。)の納付を回避する意図のもとになした過少申告行為と認めるのが相当である。

この点、原告は、未分割の相続財産として申告するしかなかった旨主張するが、みなし譲渡所得を本件準確定申告時に計上すべきであったことは、前記四で述べたとおりであり、訴外会社が遺贈を放棄していない状態で亡盛一の相続人であり、訴外会社の代表者でもある原告が、みなし譲渡所得を計上せずに過少申告したことは、更正決定の期間制限の延長要件である「偽りその他不正の行為」に該当すると評価するのが相当であって、原告の主張は採用できない。

よって、原告には、「偽りその他不正の行為」が認められ、別紙物件目録二ないし一三記載の各土地についてされた本件更正処分は更正期間内に行われた適法なものである。

六  「隠ぺい、仮装行為」の有無

訴外会社は本件遺言書により本件遺贈を受け、本件遺贈が無効であるとの盛隆外七名の主張を争い、遺贈の放棄もしていなかったところ、訴外会社の代表者である原告は、これを資産として訴外会社の帳簿に記載しないとともに、訴外会社の前代表者である亡盛一に係るみなし譲渡所得の準確定申告に際し、訴外会社の帳簿に呼応して、みなし譲渡所得を計上せずに申告を行った。かかる行為は、重加算税の賦課要件である国税通則法六八条一項の「隠ぺい、仮装行為」に該当するというべきである。

この点、原告は、正当な課税を免れようとの意図は何らなく、後の修正申告することによって正当な税額を納付するつもりであった旨主張する。

しかし、重加算税が賦課されるには、納税者が故意に課税標準又は税額等の計算の基礎となる事実の全部又は一部を隠ぺいし、又は仮装し、その隠ぺい、仮装行為を原因として過少申告の結果が発生したものであれば足り、それ以上に申告に際し、納税者において過少申告を行うことの認識を有していることまでを必要とするものではない(最高裁第二小法廷昭和六二年五月八日判決・裁判集民事一五一号三五頁)のであるから、訴外会社が受贈益の記載されていない帳簿を故意に作成し、訴外会社の代表者である原告が、これに呼応して、訴外会社の前代表者である亡盛一に係るみなし譲渡所得を計上せずに過少申告を行った本件では、重加算税の賦課要件が認められる。

七  結論

前記一ないし六で述べたとおり、本件更正決定(本件減額更正決定により減額された部分を除く。)はその要件を満たしており、納付すべき税額及び重加算税額は、右決定のとおりである。

よって、原告の請求は理由がないので、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、改正前の民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(口頭弁論終結の日 平成九年一一月一九日)

(裁判長裁判官 喜如嘉貢 裁判官 近藤宏子 裁判官 古河謙一)

物件目録

一 所在 那覇市牧志一丁目

地番 七八九番三

地目 宅地

地積 一〇八六・〇四平方メートル

二 所在 那覇市牧志二丁目

地番 七八九番四

地目 宅地

地積 七三・五八平方メートル

三 所在 那覇市牧志二丁目

地番 七八九番五

地目 宅地

地積 一五七・五一平方メートル

四 所在 那覇市牧志二丁目

地番 七九〇番一

地目 宅地

地積 一八二・四四平方メートル

五 所在 那覇市松尾二丁目

地番 七八九番一二

地目 宅地

地積 一六・九四平方メートル

六 所在 那覇市松尾二丁目

地番 七八九番一〇

地目 宅地

地積 五五・三八平方メートル

七 所在 那覇市松尾二丁目

地番 七八九番一三

地目 宅地

地積 一・三一平方メートル

八 所在 那覇市牧志三丁目

地番 七八九番

地目 宅地

地積 七六〇・七五平方メートル

九 所在 那覇市牧志三丁目

地番 七八九番一

地目 宅地

地積 五七九・一三平方メートル

一〇 所在 那覇市牧志三丁目

地番 七九〇番

地目 宅地

地積 一一四九・四八平方メートル

一一 所在 那覇市牧志三丁目

地番 七九一番

地目 宅地

地積 二七三・三二平方メートル

一二 所在 那覇市牧志三丁目

地番 七九三番

地目 宅地

地積 七三一・六三平方メートル

一三 所在 那覇市牧志三丁目

地番 七九四番

地目 宅地

地積 七四三・三〇平方メートル

一四 所在 那覇市牧志三丁目

地番 三六六番一

地目 宅地

地積 六三五・二六平方メートル

一五 所在 那覇市牧志三丁目

地番 三六七番

地目 宅地

地積 五七八・三七平方メートル

一六 所在 那覇市牧志三丁目

地番 三六八番

地目 宅地

地積 四八四・九三平方メートル

一七 所在 那覇市牧志三丁目

地番 三六九番

地目 宅地

地積 一三八〇・一七平方メートル

一八 所在 那覇市牧志三丁目

地番 三七〇番

地目 宅地

地積 五〇四・七六平方メートル

一九 所在 那覇市牧志三丁目

地番 三七一番

地目 宅地

地積 四六五・六六平方メートル

二〇 所在 那覇市牧志三丁目

地番 三七二番

地目 宅地

地積 五一〇・五五平方メートル

二一 所在 那覇市牧志三丁目

地番 三七三番

地目 宅地

地積 一二二三・四一平方メートル

別表

本件課税の経緯

〈省略〉

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